凹凸プラ陳列館

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明治村の鉄道展示物・その1

※2023年2月撮影

博物館明治村に数多く収蔵されている鉄道関連の展示物を見てきました。

 

鉄道局新橋工場

明治22年築の木工場で、後に大井工場に移され昭和41年まで使用されたとのことです。

説明板

文化財登録されています。

内部に2両の御料車が保存されています。

2両とも鉄道記念物です。

 

5号御料車

明治35年新橋工場製、明治天皇皇后の御乗用に造られた御料車です。

大正5年に8号御料車が完成したことで使用されなくなり大井で長らく保管された後、ここへ移されたそうです。

説明板

台車

レールも双頭レールという貴重品を使っています。

反対側

 

6号御料車

明治43年新橋工場製、明治天皇の御乗用に造られた御料車です。

昭和になった頃に使われなくなり、5号御料車と共に当地へ移されたそうです。

説明板

台車

3軸台車を履いています。

菊の御紋

桐の紋

御座所

説明板

反対側

こちらも双頭レールに載っています。

説明板

双頭レール

 

三重県庁舎

明治12年築、昭和39年まで使われていたとのことです。

建物は鉄道にあまり関係ありませんが、中に鉄道部品を展示している部屋がありました。

閉塞器

既に廃線となった東濃鉄道駄知線や名鉄拳母線の物がありました。

コントローラー

廃線になった北鉄山代線の車両で使用されていたものとのことです。

レール

 

明治村では京都市電が動態保存されています。

 

京都市狭軌1形8号

明治43年頃に梅鉢鉄工所で製造されたもので、市電に買収された時点ではN58号といったそうです。

明治村で動態保存するのに際し「1号」に改番されています。

台車

反対側

市電は2両が保存されており、どちらか1両が運行されるようです。

 

狭軌1形15号

改番前はN115といった車両で、明治村では「2号」となっています。

訪問日はこちらが動いていました。

救助網

台車

トロリーポール

現役時代末期はパンタグラフでしたが、明治村に保存される際に復元されています。

車内

お守りもあります。

二重屋根のガラス

吊革

運転台

デッキ天井隅の装飾

反対側

説明板

市電と村営バスの並び

 

園内では明治期のSLも2両動態保存されています。

訪問日は試運転のみで乗車は出来ませんでした。

 

名鉄12号機

明治7年に日本へやってきた英国製の機関車です。

当初は「23」という番号が付けられ、「陸蒸気」の時代を知る車両です。

明治44年名鉄の前身である尾西鉄道に譲渡され、昭和32年に引退しました。

引退後しばらくは静態保存でしたが、昭和48年頃に動態復活して今に至るそうです。

銘板

動輪

反対側

ちなみに12号機は老朽化のため一度ボイラーを新しい物に取り換えており、そのオリジナルのものも展示されています。

12号機オリジナルボイラー

説明板

反対側

 

日本鋼管9号機

明治45年米国製、今の身延線を作った富士身延鉄道開業時に製造された機関車です。

昭和11年に鶴見の製鉄所専用線に譲渡され、昭和48年に明治村へ来たそうです。

訪問時は走っておらず、車庫に入っていました。

 

機関車に連結される明治期の客車もあります。

 

ハフ14

明治45年製、紀勢本線の一部を作った新宮鉄道がハ13として自社製造した客車です。

昭和17年秋田県にあった雄勝鉄道に譲渡されて今の番号となったようです。

緩衝器

別角度

 

ハフ11

明治41年に今の青梅線の一部を作った青梅鉄道メ4として作られ、山形の高畠鉄道を経て雄勝鉄道ハフ11となった車両です。

動態保存されている客車としては国内最古です。

別角度

 

ハフ13

明治45年に新宮鉄道ハ14として製造された客車で、ハフ14と同じく雄勝鉄道に譲渡されて今の番号になっています。

走り装置

1段リンク式になっています。

反対側

 

長くなってしまったのでその2へ続く

 

保存車リスト~愛知編~