凹凸プラ陳列館

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夕張線夕張駅・鹿ノ谷駅・清水沢駅の跡

※2022年8月撮影(一部解体済み)

かつて新夕張から夕張の中心部まで石勝線夕張支線、通称「夕張線」が通っていましたが、2019年4月で廃止となりました。

しかし廃線跡はまだそれほど撤去されておらず、廃止から3年経った2022年8月でも駅跡を見ることが出来ましたのでご紹介します。

夕張駅

1990年に現在地へ移転してきた3代目の夕張駅です。

初代夕張駅は、ここから更に奥でかつて炭鉱があった「石炭の歴史村」大駐車場(跡)付近にありましたが、炭鉱閉山を受けて1985年に市街地へ近い夕張市役所裏へ路線を短縮の上移転、その後観光開発のためさらに路線を短縮して「ホテルマウントレースイ」(後ろの建物)正面の現在地へ移転してきました。

鉄道廃止から3年経っているものの、見た目は現役時代そのままでした。

現在駅舎内には観光案内所と飲食店が入っています。(昼食を食べ損ねていたのでとても助かりました)

夕張駅ホーム

線路も残っています。

余談ですが、まだ夕張駅が丁末の炭鉱付近にあった1971年まで、この付近には夕張鉄道の末広駅がありました。

テルマウントレースイ

夕張駅が3代目の場所へ移転となるきっかけとなったスキー場併設のホテルです。

1991年1月に開業し、2002年に夕張市が取得、2017年に売却されて夕張市の手からは離れています。

感染症対策でスキー場と共に休業、そのうちスキー場は2021年12月に再開しましたがホテルは休業が続き、2023年12月に再開する予定となっています。

 

鹿ノ谷駅

夕張駅の1つ隣にあった駅です。

明治34年開業、平成31年に夕張線と共に廃止となっています。

廃止から3年経った訪問時でも、駅舎やホーム、線路は残っていました。

昭和50年までは夕張鉄道も発着していました。

駅名看板の跡

跨線橋から見た駅構内

かつては国鉄夕張線の2面3線、夕張鉄道の1面2線に加えて側線も数多く存在した大きな駅でしたが、末期は1面1線のシンプルな構造になっていました。

 

清水沢駅

鹿ノ谷駅の隣駅です。

明治30年開業、平成31年廃止で、かつては三菱大夕張鉄道も発着する駅でした。

訪問時は駅舎も残っていましたが、2022年12月に解体となったそうです。

駅名看板の跡

跨線橋から見た駅構内

かつては駅舎側に三菱大夕張鉄道のホームがあった名残で、駅舎から夕張線ホームまで距離があります。

全盛期は駅舎に面する1面1線が三菱大夕張鉄道、間に側線を挟み国鉄夕張線が1面2線という構造だったようです。

 

南清水以降の駅跡は、時間の都合で見られていません。

 

〈参考資料〉

夕張市の概要/北海道夕張市ホームページ

https://mountracey-resort.com/company/

https://web.archive.org/web/20000916131300/http://www.mid.co.jp/mid/racey/

https://web.archive.org/web/19991011085321fw_/http://www.dolphin.co.jp/hpr/yubari/y_race.htm

プラレール「S-22 サンライズエクスプレス」

S-22 サンライズエクスプレス

発売:2003年8月28日
終売:2018年2月

製造国:タイ、中国ベトナム(太字所有)

定価:税抜1800円

 

続きはこちら

プラレール「S-22 サンライズエクスプレス」 - 第二凹凸プラ陳列館

 

プラレール展示室リスト~国鉄・JR 電車気動車編~

 

〈参考資料〉

https://www.takaratomy.co.jp/products/plarail/new_a/0308.htm

新製品情報[2018年2月発売]|プラレール|タカラトミー

https://rail.hobidas.com/news/387590/

ワフ29500形ワフ30104とワム60000形 空知地方

※2022年8月撮影

ワフ29500形ワフ30104

足回りも含めた完全体で保存されています。

塗装も現役時代そのままです。

ワフ29500形は全650両の製造で、こちらはかなり後期に製造された車両になります。

走行装置

吊り装置は二段リンク式で、スポーク車輪を履いていました。

 

ワム60000形車番不明

こちらは車体のみです。

塗装は現役そのままにも見えますが、番号は読めませんでした。

 

保存車リスト~北海道編~