凹凸プラ陳列館

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ひたちなか海浜鉄道キハ222&キハ2005 阿字ヶ浦駅

※2021年撮影

f:id:ototsupura:20210428181506j:plainひたちなか海浜鉄道湊線の終着、阿字ヶ浦駅に北海道にゆかりのある2両の気動車が置かれています。

 

f:id:ototsupura:20210428181737j:plainキハ22形キハ222

元は羽幌炭礦鉄道で走っていた車両で、国鉄のキハ22形と同型です。

2015年に引退した後、ここに留置されています。

f:id:ototsupura:20210428181925j:plain銘板

北海道を走る為に製造された車両ですが、生まれは関東・宇都宮だそうです。

f:id:ototsupura:20210428181948j:plain雪国特有の旋回窓がそのまま残っています。

f:id:ototsupura:20210428182024j:plain表記

f:id:ototsupura:20210428182041j:plain車番

f:id:ototsupura:20210428182054j:plain台車

f:id:ototsupura:20210428182108j:plain反対側より

これを機に羽幌炭礦鉄道について調べましたが、その終点だった築別炭鉱駅周辺は今はもう廃墟しかないようですね。石炭産業の廃れ具合が凄いです。 

 

ちなみに、キハ222をご神体として神社を作るという計画があるそうで、2021年4月現在修復工事がされているそうです。

 

f:id:ototsupura:20210428182321j:plainキハ2000形キハ2005

元は留萠鉄道で走っていた車両で、こちらも国鉄のキハ22形と同型です。

こちらも2015年に引退した後、ここに留置されています。

国鉄急行色に塗られています。

f:id:ototsupura:20210429121522j:plain台車

f:id:ototsupura:20210429121223j:plain表記

f:id:ototsupura:20210429122044j:plain車番

f:id:ototsupura:20210429122057j:plain反対側より

留萠鉄道についても調べてみましたが、その終点であった昭和駅周辺は、今は町が廃墟だらけになるどころかそこまで行く道が廃道同然になり行くことすら難しそうです。

 

f:id:ototsupura:20210429122506j:plainキハ2005と湊線終端部

数年内にひたち海浜公園まで延伸する計画があり、ここが途中駅になる日も近いかもしれません。

 

 ↑阿字ヶ浦駅の場所はこちら

勝田駅からひたちなか海浜鉄道湊線に乗って30分ほどです。

 

o-totsupura.hatenablog.jp

終わり

ひたちなか海浜鉄道・那珂湊駅の保存車

(・ω・)/ひたちなか海浜鉄道湊線の拠点、那珂湊駅

この駅には機関区が併設されており、そこにいくつか保存車が存在します。

※2021年、公道上より撮影

f:id:ototsupura:20210427101316j:plainケハ600形ケハ601

「キ」ハでは無く「ケ」ハなのが特徴的ですね。

1960年新潟鐵工所製の日本初のステンレス製気動車です。

1992年の廃車後は、車体のみで倉庫になっています。

f:id:ototsupura:20210427101927j:plain検査表記など

最後に全般検査がされたのは1989年12月の様です。

f:id:ototsupura:20210427102109j:plainドアにあったステッカー

手動ドアだったのですね。

f:id:ototsupura:20210427102210j:plain茨城交通の社紋が付いていたと思わしき跡

f:id:ototsupura:20210427102250j:plain定員などの表記

f:id:ototsupura:20210427102313j:plain反対側より

f:id:ototsupura:20210427102405j:plainライトは全て埋められています。

f:id:ototsupura:20210427102437j:plain連結器

床下機器はありませんが、これは残っています。

 

f:id:ototsupura:20210427142810j:plainキハ200形キハ203

鹿島臨海鉄道2000形、その前は国鉄キハ20 429だった車両です。

国鉄時代の首都圏色に塗られています。

2006年に廃車となっているそうです。

f:id:ototsupura:20210427144429j:plain国鉄時代は上部に前照灯がありましたが、鹿島臨海鉄道に入線した際に角型ライトへ変更されています。

f:id:ototsupura:20210427144614j:plain床下機器もそのまま残っていそうです。

f:id:ototsupura:20210427144651j:plain車番

国鉄時代の物が書かれています。

f:id:ototsupura:20210427144744j:plain台車

f:id:ototsupura:20210427144755j:plain塗り替え前の物と思わしき塗装も見えています。

f:id:ototsupura:20210427150202j:plain保存車はとりあえずこの2両ですが、他に部品取り者車が2両あります。

 

f:id:ototsupura:20210427182820j:plain東海交通事業キハ11-201

城北線で2015年まで走っていた車両です。

ひたちなか海浜鉄道に譲渡された他のキハ11形用の部品取りとして搬入されたそうです。

f:id:ototsupura:20210427183532j:plain城北線のステッカー

f:id:ototsupura:20210427183552j:plain東海交通事業のロゴ

f:id:ototsupura:20210427184110j:plain車番

 

f:id:ototsupura:20210427184037j:plain2両繋がれています。

f:id:ototsupura:20210427184125j:plain東海交通事業キハ11-202

こちらも同じく部品取りです。

f:id:ototsupura:20210427184210j:plainステッカー

 

f:id:ototsupura:20210427184242j:plain公道から見える所に置かれていた券売機

ひたちなか海浜鉄道の前の名前である「茨城交通 湊線」の文字が残ります。

f:id:ototsupura:20210427184701j:plainひたちなか海浜鉄道は現役の車両もなかなかに面白いですが、そちらは別記事で取り上げる予定です。

 

 ↑これらの保存車の場所はこちら

那珂湊駅隣接ですが、駅舎とは反対側にあるため徒歩5分ほどかかります。

f:id:ototsupura:20210427184902j:plain案内看板まであるのを見ると公式的な観光スポットになっているようですね。

終わり